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日本のNGO ♯4 
フリーマーケット回想
フィリピンの農村開発NGOの草分け的存在ともいえる"Philippine Rural Reconstructive Movement(PRRM)"のイサガニ・セラノ氏は、彼の小論(現物を日本においてきてしまい、タイトルを失念)の中で"soul-searchers"という語を使っている。辞書にも載っているこの単語は、自分の行いが本当によいことなのか、開発の世界で言えば、援助や施しが本当に相手のためになることなのか、といったことを吟味し、模索する人々を指す言葉のようである。それは、現在の私が目指している在り方に近いものである。

私は中高生のとき、自分が所属していたNGOの青少年組織(私はいまでもこの組織は評価されるに値する活動をしていると思っているので、名前を出してもいいのでしょうが、ここでは仮に「Y」とします)のメンバーと一緒に、京都市内のフリーマーケットに頻繁に出店をしていた。品物は、各自が家や近所で集め寄った不用品、洋服、バングラデシュ支部のプロジェクトとして作られた麦わら細工のグリーティングカード、時には手作りのクッキー、冷たい缶ジュース(ガソリンスタンドやスーパーなどで1本40円前後のものを箱買いし、釣り用のアイスボックスで冷やして持ち込む)などなど。そんな私たちが出店するフリーマーケットは、たいていお寺や神社の境内などで開かれており、客層も若者ではなく、圧倒的に中高年の方々が多かった。

ほかの多くの出展者は、大量の商品に、展示用の机やワゴンボックス、パラソルなどの重装備を持ち込んでいたが、車などなかった私たちは、毎回、重い重い荷物をバスや電車で運びこんでいた。夏の炎天下で朝から夕方まで売っても、売り上げは良くて10000円どまりであった。私たちはどこから見ても子どもだったものだから、おばさんやおじさんたちに「もっと安くしえぇや!」と買い叩かれていた。石鹸やタオルなどは飛ぶように売れたが、150円の値札をつけたバングラデシュのカードはほとんど売れなかった。それもそのはず、お客さんは「安いもの」を求めて来ているのだった。

「私たちは、飢餓をなくすために活動しているYという青少年のグループです。売り上げはすべて発展途上国の人々のために使われます」としるした看板に目を留める人も、あまりいなかった。「私たち、ボランティアなんです。どうか、この値段で…」と言ってみても、「あらまあ、若いのに偉いわねぇ。うちの孫なんて、……(以下、おばさんの家庭の話が始まる)」といった具合。数回そんなことを繰り返しているうちに、「ボランティアを売りにして収益を上げるのは難しい」という結論に達した。そしてメンバーの中からは、「ここのお客さんたちは、話をきいてくれる人がほしいのでは」という意見が出された。なるほど、特に品定めをするわけでもなく商品を手にとってはひとりごとを言い、出店者に話しかけ、単価の安い、小さなものをチョコチョコと買い求めるおじさん、おばさんたちがかなり多いのである。朝の8時ごろから一人で現れ、ともすれば、会場を何周もしながら夕方まで練り歩いている。彼らは「おばさん、また来てくれはったんですか?」と声をかけると、「うちは孫がいてねえ。奈良に住んでるんやけど、このあいだうちの娘がねえ…」などと、よくわからない話を始める。「お孫さんはいくつなんですか?」「よく京都に遊びに来られるんですか?」などと相槌を打つと、さらに話を続けてくれる。私たちはそのようなお客さんたちと長いおしゃべりをした挙句に、「では、お孫さんにこの鉛筆セットはどうですか?せっかくですから、買っていってくださいよ。」などと小さな商品を薦め、「そうやねえ、ほなひとつ買おうかねえ。じゃあ、そこの消しゴムもオマケしといてくれるかなあ。」などといわれながら、めでたく買ってもらうことになるのだった。私たちも、めぼしい品物が出払い、客足の遠のいてしまった昼下がりなどは退屈だったし、売れ残った商品をまた持ち帰るよりは、買ってもらえるなら何でもいいや、と思っていたのかもしれない。

さて、私が「貧しい国の人たちのためのボランティアをしている」ことや、「週末ごとに大きな袋をもってバザーに出て行く」ことは、近所の人々にも薄々知られていた。話をきいた近所のおばさんたちが、私の母を通して、フリーマーケット用の物品を寄付してくれることも数回あった。ところが…そのようにして我が家に届けられる品物のなかには「いくらなんでもこれは売れないでしょう…」と頭を抱えたくなるようなものも混じっていた。表紙の取れた辞書や本、教科書、部品の欠けたロボットのおもちゃ、染みのついた洋服、見るからに古そうなぬいぐるみ、名前のついた体操服…。

いま考えてみると、彼女たちは「貧しい国」「ボランティア」「物品」などの言葉から、「日本国内でバザーをして支援金をつくる活動」と、「海外に文具や衣料などの物品を送る活動」を混同していたのではないだろうか。そして、彼女たちの考える「貧しい国」というのは、テレビで映し出されるような難民キャンプや「骨と皮ばかりにやせた子供たち」であり、ならば、どんな物品でもいいと混同したのではないだろうか。

よくよく考えれば、名前のついた体操服や古いぬいぐるみが、日本で売れるはずがないではないか。日本語の本やぼろぼろの古語辞典が、「貧しい国」で役立つはずがないではないか。にも関わらず、それらを我が家に運び込んできた彼女は何の疑問もないように、「役に立てるなら嬉しいわぁ」と言っていた。「役に立てる」と信じていたようである。私はお礼を言って、その多くをゴミとして後日処分した。

※ ところで念のため。「古着を送る運動」であっても、送ることのできる衣類の種類と質については細かい規定がある。もちろん、「貧しい国に送るならどんな古着でもいい」というわけではない。しかし、そう考えている人は多いのかもしれない。私が6年生のとき、ある大手学習塾がスポンサーとなって、私を含む20名の18歳以下の子どもを、インドで開かれていたYの国際会議に連れて行ってくださった。この学習塾は渡航前に「訪問先のインドのスラムの子供たちに文房具を贈ろう」と生徒や保護者に呼びかけ、かなりの量の文房具を集めたのだが、その中には使いかけの鉛筆や消しゴムなども含まれており、会議に参加していたYのメンバーが、そのことにとても憤慨していた。もう11年も前の話なので、いまは、そうした運動に対する人々の認識も少しは変化しているのかもしれないが、あまりそうは思えない。また、「訪問先に文房具を贈る」という単発型の援助(援助かなあ?)にどれだけの意義があるのか、今なら疑問を唱える人が(NGOのなかには)何人もいるだろうが、そういった問題に関する認知度も、一般にはまだ低いのではないだろうか。

さて、私は高校2年生から「アルバイト」を始めた。高校3年の夏にエチオピアとウガンダで開催される予定になっていた、Yの国際会議に行くお金を作りたかったのである。冷暖房の効いた某「京和菓子」の店での販売業で、フリーマーケットで現れるよりはずっとお金のあるおばさんたちや修学旅行生に試食をすすめ、京土産の和菓子や抹茶ソフトクリームを売る。当たり前ながら買い叩かれることもなければ、長々と話し込んでいくようなお客さんも滅多にはいなかった。そして私は1日で、フリーマーケット1回分ほどのお金を得た。私は短絡的に、「えっ、じゃあ、フリーマーケットや街頭募金で苦労してお金を作るよりも、その時間でメンバー全員がバイトしたほうがよほど効果的なのでは?」とまで思い始めた。もちろん、この疑問に対しては「いやいや、フリーマーケットには、多くの人に飢餓の現状やYの活動を知ってもらうという点と、不用品のリサイクルができるという点で、アルバイトでつくったお金を上回る機能があるのです」という決まりきった答えが予測されるのだけれど、少なくとも、あんなに何度もフリーマーケットや街頭募金をしたけれど、それを通して京都市内に飢餓の現状やYの活動が広く知られたということはないだろうなあ、と思う。(それは、お客さんと無駄話ばかりしていた私の力不足によるものかもしれないけれど、実際にフリーマーケットを通してそのような効果を上げたことがあるという読者の方がおられたら、ぜひ教えてください。)
週末はもっぱらアルバイトのほうに傾倒するようになったその頃から、私はだんだん、「つくられた『ボランティア』のイメージ」や「途上国におけるYの往路ジェクトの効果」や「それを何も知らないままにとりあえず『いいことをしたい』という気持ちだけでYに携わることへの疑問」が重なり、フリーマーケットの頻度も激減し、ついにはやめてしまった。

フリーマーケットをしていた頃は、自分たちの活動が真に飢餓の終焉に役立つと信じていたし、お客さんとの小さな会話を通して、少しでも多くの人にYのことを知ってもらいたい、そこから世界が変わるのだ、と本気で思っていた。本当に人の役に立つのかどうかわからないことを、あたかもそうであるかのように信じて行動していた。しかし結局のところそれは、「役に立てて嬉しいわ」と言いながら我が家にゴミを持ち込んできた近所のおばさんと何も変わらないのだなあと、私はのちになって思ったものである。


        
 

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